青の碧

にじいろとひだまり(@kogsk_/@tmknskp)

あなたにお手紙書きましょう

 

たまらなく、橋本涼さんのことが好きだなあと思う。直近で何か現場に行ったかと言われると否だし、オタク活動としてなにか転機があったかと言われると、それも否だ。ただ、ただひたすらに、橋本涼という人間が作り出すアイドル像が好きだなあと思うだけ。それだけ。

 

 

拝啓 橋本涼

新涼の候、いかがお過ごしでしょうか。

 

もう寝てるかな。

 

あなたはもしこれを読んだら、どんな顔をするんだろうか。気持ち悪いって思われてもいい、俺はそんなやつじゃないと思われてもいい。知った顔で話をさせてほしい。わたしがあなたに出会えたことは、わたしにとって人生で指折り数える奇跡みたいなことだと思うから。そんな人に出会えて幸せだという話を、知ったかぶりを、させてほしい。たくさん幸せにしてもらっているから、たくさん幸せになってほしいと、願いとエゴと私見をいっぱい詰め込んだこのエントリを書きます。あなたに出す本当の手紙には、こんなこと書けないから、ね。ポストには入れないかわりに、ラブレターみたいな怪文書をこっそり書きます。

 

涼さんの賢くてズルいところが好きだ。ずる賢いとは違う。賢くてズルい。計算と天然の入り交じり具合が、常人の配分ではないと思う。人を好きにさせる人のそれだ。なにか具体例を挙げろと言われると難しいけど、たとえば涼さんはすごく周りが見えている人だなと思う。賢い。知性の面で秀でているかと言われるとたぶんそうではないけど、人間としての賢明さみたいなものはとてもある人だと思う。些細なことでは怒らない。落ち込んでいる人はそっとしておく。人見知りでも言語が通じなくてもコミュニケーションを諦めない。ぽつりと発言することで場を和ませる。喧嘩をしてもいいと思った人には全力でぶつかる。甘えてもいいとわかったらとことん甘える、頼る。周囲に対しての感謝を忘れない。当たり前を当たり前と思わない。どれも人間が上手く生きていくために欠かせないことだと思う。大抵の人間は、これが大事だと分かってはいても、実行できない。実力不足かプライドの問題か、それは人それぞれだけど。それをサラリとやってのけるのは、彼の生まれ持った人柄なのか、家庭や学校や職場で育まれたそれなのか、わからないけど、そういうところがとても好きだなと思う。こどもっぽくいることで、大人びた人。そんなふうに思う。

 

普段は彼の優しさで覆い隠されているその野心が見える時が好きだ。とてもゾクゾクする。好きの沸点が途端に低くなって、やかんからお湯がふきこぼれるみたいに好きの気持ちがこれでもかと溢れ出る。強い語気でああなりたい、こうなりたい、みたいなことはあんまり言わない印象がある(〜してみたいなあみたいな言い方はしているしそういう柔らかさが好きだ)から、なんとなく現状をこなすようなぬるりとした感覚でアイドルをやっているのかなと思わされることもたまにある、けど、それは違うなとパフォーマンスでそれを感じる度思う。彼はたぶん、彼なりに上を目指しているし、「もっと」と貪欲に生きている。きらきらとした水分量の多いその目がぎらりと人を射るような光を放つとき、わたしはかならずその矢の餌食になる。刺さった矢が抜けないまま、今日この日まで彼の魔法が全身を駆け巡り、手先足先まで痺れ切っているようだ。好きの魔法は根深い。ビリビリとした痺れがまわった手指では彼への「好き」以外が掴めない。わたしも一緒に戦わねばと、彼の未来を見るべく共に奮闘しなければと、伴走者としての意志を固める一方で。いつの間に、いつの間にこんなに好きになっていたんだろう?

 

 

夏真っ只中のあの日、地下で人と光に埋もれながらピカピカと輝く彼を見たとき、ああ、圧倒的に人間だと思った。わたしも人間で、彼も人間だと。こんなことを思われるのは不服かもしれないが、やはりコンサートも終盤に向かうと、疲れの色が見えた。それはそうだ。休演日はあれど、毎日毎日2公演、2時間半。オタクだって疲れているのに、彼らが疲れないわけがない。人間は身体を動かせばそれに応じた筋肉が疲れる。汗が流れる。人だ。人だと思った。その「人」が、わたしたちという「人」を魅了するためにめいっぱい努力して、疲れを隠そうときっと必死になっていて、毎日同じ場所で同じで違うパフォーマンスをしていた。わたしはそれを一目見たときから、彼に恋と愛と尊敬とそのほかのいろんなエゴをごちゃ混ぜにした感情を体内に飼い始めたのだと思う。人間が作り出すステージと、そこに立つ人間に、わたしは惹かれた。むちゃくちゃ人間だったけど、むちゃくちゃアイドルだった。いちばん近くで、いちばん遠い存在を見た。涼さんの「担当」を正式に名乗ってもいいと自分に自信が持てたのは、そこからあとの話だ。「必死」や「真剣」って、こんなにきらきらしているのかと、衝撃を受けた。物理的距離が近いことって、こんなにも大切なのかと思った。遠くたって会場にいる限りそのきらきらは届くけど、近いとこんな速度で、こんなにたくさんきらめきがダイレクトに届くのかと思った。わたしが「概念」としての橋本涼さんではなくて、「存在」としての橋本涼さんを好きになったのは、紛れもなく暑くて近くて痛くて狭くて、それでもまぶしくて愛おしいあの空間だった。

だから、というのが正解なのかはわからないけど、わたしは夏の涼さんが好きだ。いつまでも夏に出会った彼によくわからない憧れのような、未練のような、そんな感情を抱いている。あの金色を、ずっと忘れられない。もう何ヶ月も経って、記憶を持っておく力があんまりないわたしの脳内ではほかの記憶はぶよぶよにふやけてしまっているのに、あの色を纏った涼さんがわたしの目に飛び込んできたあの瞬間だけは、それだけは印を刻まれたかのように鮮明に心にある。今まで好きになれなかった夏。そんな季節をひと目会ったくらいで、そのくらいで、好きにさせてしまうような、特別にさせてしまうような、そういう閃光みたいな魔力を持った彼だった。うだるような暑さも、どこを歩いてもつきまとってくる容赦のない日差しも、みんな少し浮き足立ったような空気感も、ぜんぶが、全部がきらいだったのに、見ている景色は涼さんによって真っ逆さまにおちた。夏が彼をそうさせるのか、彼が夏をそうさせるのか。たぶんきっと両方だったんだと思う。私の好きな人なんだよ、と世界に見せびらかしたくなるのは、目の前がスパークするくらいまぶしい夏の彼だ。今年の夏の涼さんは、本当に本当にかっこよかったんだ。わたしはそんな季節に彼を好きになったから、だから、わたしはたぶんこの先一生、そこがどんな季節であっても涼さんと「夏」を駆け抜けたいと願ってしまうのだと思う。

 

あの瞬間はたしかに人だと思ったのに、時が経てば経つほど、わたしのなかであの時の彼は幻影に近づいていく。夏のまぼろし。あまいあまいミルクティーみたいな金色に染め上げていた髪を茶色や黒に戻した彼を見ることにも慣れてしまって、小さな箱の中にいる「人」から、画面のなかにいる「アイドル」に戻っていくのをじわりじわり2ヶ月間かけて感じていた。それでも「おいでよ」と招かれた「サマーステーション」を経たわたしは、涼さんを画面の向こう側ではあるけど、確かに存在する「人」として認めるようになった。担当をすると決めて半年で、わたしは橋本涼さんという「人」が演じ、作り出す「橋本涼というアイドル」のことが、ジリジリと焦がれるほど好きになってしまったらしい。

 

 

涼さんは、余裕があるように見せかけるのがとても上手い。そういうところもすきだ。でも余裕のしたには、きっと人一倍の努力と反省とがある。2016のドリボを振り返って、だったかな、重いなと思うくらいの反省を何かの雑誌で述べていたのを見たとき、とか、寝巻き男子でやらなくてもいいと思ったと述べているのを見たとき、とか。余裕が生まれたのは、そのくらいマイナスに帯電した経験があるからで、そういうところを隠さないこの人のことが好きだなあと、最早呆気に取られる。人並みかそれ以上に色んなものにジェラシーがあるし、色んなものに対抗意識があるし、負けた時には自己嫌悪がある。わたしだったら、そんなこと隠しておきたいなあと思うのだ。マイナスに帯電した自分は、なんだかかっこ悪い気がして。それでも涼さんは、ぜんぶさらけ出す。恥ずかしげもなく、こう思ったけど、こう言われて、がんばろうと思ったよ、なんて。応援しがいのある人だ。だって、だって、負けないでほしいって思っちゃうから。多感な時期により多感にならざるを得ない環境に置かれている彼を支えたいと思ってしまうから。そんなふうに素直に吐露されると、こちらもそれにこたえるかたちで応援したいと思ってしまう。きっと失敗しても成功しても、全てではないにしろこちらに手の内をあかしてくれる、そういう「疑念のなさ」みたいなものが、とってもすき。

「素直」という側面は、彼の計算外なのか計算内なのか、涼さんが賢いところだなと思う。つまらない見栄を張らない人だと。そういうところもやっぱり好きなのだ。プライドとはまた別の問題で、この時はこう思ったということもサラリと言えるし、他人の言うことをストンと自分に落とし込める人なのかなあと思ったりする。人の言葉に耳を傾けることができる人。ファンレターに書いてある髪型とかのアドバイスは聞かないらしいけれど(笑)そういう所も好きだなあと思う。それはオタクの声を聞くことで自分に有用だと思うことがたぶん彼としてはないんだろうな。それで正しいと思う。きっと本当に大事だと思うことは、オタクからだろうがそのほかの大人からだろうが、きっとちゃんと聞いているはずだ。そういう取捨選択もきちんとできる人だと、わたしは思っている。

飾らないのか飾れないのか、その容姿や置かれてきた環境からはあまり結びつかないような素直でありのままな言葉を紡ぐ人だなと思っている。ただ、タイミングは選べる人だなとも思う。それもまた「賢さ」だと感じるし、生きるのが上手いなあと思う。表裏のない人、長年一緒にいる瑞稀くんからそう評されているのだからきっとそうなのだろう。表と裏を作り替える概念はたぶん彼の中にはない。思ったことを思ったように言葉にして、これだと思うことについては直進してきて、迷いも悩みもぜんぶ何気なくほろりとこぼせる人なんだろうな。弱みを見せることや失敗をすることを恥ずかしいとは思わない人なんだろう。彼が彼を素敵たらひめる理由のひとつは、たぶん、ここにある。

 

ツイッターやその他の場所でもずっとずっとしつこいくらい言い続けているが、わたしはサマステ8/9の夜公演、テンションの頭のところで涼さんが「楽しいね」と言ったことがざっくりと心に愛しい傷を残したまま、跡が消えていかない。というより、跡にならずそのままになっている。この人の事を応援できてよかった、出会えてよかった、わたしがこの人を「選んだ」ことは圧倒的に「正解」だと、聞く度に心の底から思う。アイドルがコンサートのことを「楽しい」と言うこと自体はよくあることだし、それが普通に普通に好きなんだけれど、なんか、あの空間であのタイミングで、「楽しい」という真っ直ぐな言葉を選んでわたしたちに届けてくれたその感性がすごく好きだなあと思う。これは憶測に過ぎないけど、わたしにはあの言葉の前に「みんなが声を出してくれたから」というフレーズがあるように感じる。みんなが声を出してくれたから、楽しい。みんなに名前を呼んでもらえたから、楽しい。そういうふうに聞こえる。

好きだと思う。真意はわからない。でも、そう思わせてくれるところが、それをしれっとやってのけるところが、本当に本当に好きだと思う。何回も擦り切れるほど聞いているはずなのに、その言葉が耳に入る度にぐっと奥歯を噛み締めて零れ落ちるほど溢れた何かに耐えないとたまらなくなるくらい、そのくらい好きだ。その素直な言葉の裏表のなさに、ストンと真っ直ぐな人柄に、わたしは言い様もないくらい惹かれる。やっぱり彼は、人を好いて人に好かれる人だ。

 

 

瑞稀くんといるときの涼さんが好きだ。長年一緒にいるからか、元々ないその飾り気がさらに感じられない。何も言わなくてもわかるよ、隣にいるだけでいい。そんな雰囲気が好きだ。お互いにお互いの存在が、たぶんすぐ手の届く場所にあると思っていて、でもそれを当たり前と思ってはいない。気がする。「腐れ縁」という言葉を彼らはよく使うけれど、彼らが生きるジャニーズJr.という世界で、それがいかに「奇跡」かということを彼らはきっと知っている。だから執着しすぎない。「はしみず」と括り、騒ぐのはいつだって周りで、彼らの本質は「はしもっちゃん」と「瑞稀」でしかない。そんなふうに思う。それでも、涼さんは瑞稀くんとの関係性を「運命共同体」と表した。本当にどこまでも、どこまでも苦しくなるくらい素敵で泥まみれで、だからこそきらきらな関係を築いているんだなと思った。だから、わたしは、片方が歩む隣にはもう片方がいてほしいと願ってしまう。これからも「運命共同体」であればいいな。

作間くんと一緒にいる涼さんが好きだ。ふんわりと平和な空気感が漂っていて、たぶんちょっとだけ涼さんからの愛が重い。かわいい。大人びたふたりだと思う。一歩引いて物事を見るようなふたり。涼さんは物事に付け加えをして、作間くんがそれを清書するような。少し放っておくと、たぶんふたりで外野に行って、ぼんやりしているような。それはたぶん互いに認めあっているからで、そこに嫉妬など多分ないのだろうなあと思う。個が個でしかないことを、絶対値でしかないことを、知っているふたりだ、きっと。だからこそ互いに囚われることなく、正当な評価ができるんだろうな。いや、やっぱり涼さんが作間くんのことちょっと好きすぎるから、たぶん涼さん→作間くんの評価はちょっぴりフィルターがかかっている、気も、しなくもないけど(笑)、そこもかわいいね。

猪狩さんと一緒にいる涼さんが好きだ。ふたりの無邪気な顔が見られる。猪狩さんは涼さんのことをまっすぐ好きでいてくれる、かつ、まっすぐ先輩として尊敬してくれている気がしていて、多分きっと涼さんは猪狩さんを対等に見ていて、なんだろう、すごく素敵な関係性だなと思う。単純に仲のいいふたりだから微笑ましいなあ〜と…猪狩さんは涼さんのことだいすきなんだろうな。笑いのツボが同じって猪狩さんが言っていたのを見て、すごくニコニコしてしまった。普通の男子高校生だなあって。おふざけの波長が合うみたいでかわいい。たぶん涼さんのことをアイドルにもうひとつ引きあげてくれるのも猪狩さんだし、素にするんと戻してくれるのも猪狩さんなんだろうなあ。お互いがお互いをとっても大事にしているんだろうなあって、伝わってくるよ。

優斗くんといる涼さんが好きだ。お互いがお互いにだけちょっぴり雑なところを見ると、信頼がちらと覗いた感じがしてとても心があったかくなる。たぶんきっと、これからお互いがもっともっと大事になるふたり。そんな気がしている。年下の先輩で、年上の後輩だけど、いい意味でそういうしがらみみたいなものはなくまっすぐ個と個で向かい合っているように感じます。涼さんは優斗くんを信頼しているから、きっと喧嘩ができる。サマステ期間中にふたりが喧嘩をしたというエピソードを見て、とても驚いた。涼さんは大人びいていておおらかだから、他人と喧嘩をしたりすることはたぶんあんまりないと思うんだけど、それでも優斗くんと喧嘩したということは、優斗くんとの関係は喧嘩したくらいでは折れない強固な柱を軸にしていると感じたからだと思う。そんなに強い信頼関係で結ばれていたのかと驚いたと同時に、涙が出るくらい嬉しかった。これからもっとフラットに、お互いがだいじな存在になりますように。

あんまり特定の誰かとベタベタしている印象がないところがすごく好きだなあと思う。単独行動が多いと言われていたりいろんな人とコミュニケーションをとっていると言われていたり…許す許さないの話ではないのはわかっているけど、なんとなくそれが「許される」ところが涼さんが涼さんたる所以だし「らしさ」であるのかなと思ったりする。

 

真ん中をとらないのか、とれない、のか。そんな自担が、たまになんとなく、でもすごく悔しい。涼さんは真ん中にいない。0番をとるのは、いつも隣の赤い人だったり、にゅっと出てきたピンクの人だったり、する。でもわたしは、青を背負うあなたが真ん中にたつことを夢見ること、やめられないんだよ。ごめん、でもね、祈ってしまうし願ってしまうよ。真ん中に立つ人がもつ性質。そういうものとか、向き不向きとか、そんなものがあることは、わたしが、涼さんが、痛いほど知っている。逼迫した状況でも、たぶん涼さんは真ん中に立てない。でも立ってほしい。他担から見ていても、わたしから見ていても、きっと滑稽な願いに映るのかもしれない。わからない!信じているのかいないのか、わからない!それでも願うことはやめられない!でもさ、ねえ、涼さん。センターがくるりくるり翻る、そんな5人の中でも、さ、いちばんになろうよ。いちばんって最高の響き、轟かせようよ。きっとそういう野心、涼さんにもあるよね。あると思わせてほしいな。エゴでもわがままでもなんでもいいから。涼さんが大好きな4人を、わたしもむちゃくちゃにだいすきだけど、わたしは、わたしは、誰より、何より、橋本涼さんが好きだから。願わせてほしい。涼さんが「いちばん」になることを。だから、だから、誰より先にトップに立ってほしい。そして真ん中にいる涼さんが見たい!涼さんがトップに、いくんだよ。きっと、トップにいこう。涼さんは、絶対絶対、大スターになる人だから。そのとなりに、4人を据えていたら、こんなに嬉しいことはないなんて、わたしはエゴが叶ったように思うんだろうな。

 

ねえ涼さん。わたしはあなたに出会ってから、すごく大事だと思える人に出会えたり、きらいだった季節を好きになってもいいかなって思えたり、未来が見えなくってウキウキしたり、めそめそしたり、いっぱいいっぱい「変わった」よ。わたしには涼さんを変えることなんて、できないわけだけど、でも、さ。涼さん、自信もってね。何が、とか、わからないけど、自信もってね。涼さんはきっと、いろんなひとの「人生」いっぱい変えてるよ。わたしは涼さんを好きになれてよかったって思うから、こんなのわたしのエゴだけど、涼さんもアイドルやっててよかったって、そう思っててくれたら嬉しいな。わたしは、アイドルをやってくれてる涼さんが、好きで好きで泣いちゃうくらい好きだから。ジリジリ焦がれるみたいだけど、でもぽかぽかあったかくて、そんなふうに好きだよ。だいすきだよ。あなたのことが、まるごとぜんぶ、だいすきだよ。

 

人生を量り売りするような商売で身を立てていく決心が、彼にどれほどあるのかはわからないけど、それでも9年間続けてきてくれたその事実に本当に感謝したいと思う。し、すごく尊いことだなと思う。普通に生きていたら必要のない所できっと心を傷つけただろうし、反対に言い様もない喜びをもらったこともあったと思う。悔しさも、涙も、全部、全部糧にしなければ生きていけない世界で生きていてくれる。うれしいなと、申し訳ないなと、でもアイドルをしているあなたがいちばんいちばんすきだなと思う。こんなに「次」を確約できない立場なんかたぶんほかにはなくって、それでもわたしは懲りないで「次」を、「その先」を夢見る。だって、涼さんが、他の誰でもないだいすきな涼さんがその先に進みたいと言うから。「君が行くなら間違いない」んだよ、きっと。あなたを囲む周りがぜんぶ、ひだまりであればいいなあ。手の届かないところまで、わたしたちを振り切って遠くまで駆けていってほしいなあ。時々後ろを振り返ってにこりと微笑んでくれたら、わたしはそれでいいから。不安になったら横を見て、前を見て、あなたを求めている人は今も、この先にもずっとずっといるから。もっともっとおっきくなろうね。単独で、横浜アリーナのステージに立とうね。あの地をあなたたちとわたしたちの足で踏もうね。もっともっと、幸せになってね。もっともっと、幸せにしてね。

きっと茨の道を通ってきたよね、これからも茨の道かもしれません。でも一緒に進んでいこう。進ませてほしいです。傷だらけになったって構わないよ。むしろ、傷だらけになってね。そして傷だらけにしてほしいんだよ。溶けたアイスはまた凍らせたらいいよ。不味くても食べられないことはないから。みんなで最後まで食べよう。そうやって、そうやって、積み重ねていこう。強くなっていこう。子供のまんまでいいから、子供のまんま強くなろう。一緒に、一緒にね。そうしてわたしを幸せにしてほしい。わたしは同時に、あなたを幸せにしたい。

 

これからできることが増えるでしょう。例えば免許を取ることができたり。選挙に行くことができたり、好きに遊べる時間がもしかすると増えたりするかもしれないし、レンタルビデオ店のあの暖簾の向こう側に行ったりすることもあるかもしれないし(笑)、もっと自由になると思います。結婚だってできるよ。それはたぶん世間一般から見て「大人になる」ということなのです。わたしは大人に怒られちゃうからと言って、へらりと笑うあなたがとっても愛おしくて大好きだったので、少しばかり、いやだいぶ寂しいけれど、でも新しい1年の門出に立ち会うことができてすごく幸せです。1個だけわがままをいうなら、まだ、まだ子供でいてね。急いでおとなにならなくたっていいよ。まだならないでほしいんだよ。子供のまんま、次の1年も、好きに生きてほしいなあ。髪を染めたり、ピアスを開けたり、勉強したって恋愛したっていいよ。捕まらなかったらなんだってしたらいい。好きなことをしてね。それがお仕事に繋がらなくってもかまわないから、好きに生きてね。涼さんの人生、それ自体まるごと応援しているから。やりたいことをやったらいいよ。その先に選ぶものがアイドルなら、わたしはうれしいけど、そんな義務、ないからね。

まだなんにも知らないけど、好きだなあと思うところが日に日に増えて、好きだなあと思う回数もそれに伴って日に日に増えていく。これからもきっと、わたしはずっと「なんにも知らない」。それでいい。それが正解だ。いつだってわたしは知ったかぶりしかできない。涼さんとの距離は、それがきっとちょうどいいし、それが心地いいから。これからもそうやって応援させてほしい。どんなに苦しいなと思っても、それでもわたしの人生むちゃくちゃ豊かになったなあと思う。断言するよ。あなたに出会えて、あなたを応援できて幸せです。今のわたしはあなたに出会えたことがめちゃくちゃ幸せなんです。胸がぎゅっとなることも、晴れ晴れすることも、どちらもあるけど、「ずっと」なんて在り来りでいてなんにも誓えない、そんな言葉を並べ立ててでも、あなたを応援しつづけていきたいと思うのです。これからさらに寒くなり、また、お仕事の方も忙しくなると存じますが、お身体には十分気をつけてくださいね。

今日はたくさんたくさんおめでとうって言ってもらえると思います。それを考えるだけで、わたしはすっごく幸せな気持ちになるよ。たくさんおめでとうって言ってもらってね、たくさん祝ってもらってね!わたしにも、たくさんおめでとうって言わせてね!最高の17歳をわたしにくれて、本当にありがとう。去年までなんともなかった、そんな10月30日を、キラキラで素敵な日にしてくれて、本当に本当にありがとう。

 

わたしのだいすきなひと、橋本涼さん。18歳のお誕生日おめでとうございます。

 

敬具